忍者ブログ
不定期更新の日常雑記時々妄想雑記帳。
[19] [18] [17] [16] [15] [14] [13] [12] [11] [10] [8]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

その日。
あの女が仕事を持ってきた。
それが、あの下らない出来事の始まりだったんだろう。

「こんばんは、鴉さん。お久しぶりね」
最近クソみたいな暑さを垂れ流していた太陽が顔を隠し、代わりにジメジメした湿気をもたらす雨が降り始めたある日の朝、ソイツは突然やって来た。
細い質の良い銀髪や男を惹き付けるボディラインよりも、目に付くのは捻れた角。
明らかにヒトとは違う身体を持つソイツは、以前俺がある富豪を相手に下らない『ケンカ』をした時に戦りあった奴だ。
確か、名を。
「ソフィー、さん」
葵が驚いた様子でその名を口にする。
紅も若干、というか完全にビビッている。
無理も無い、そもそもコイツらが原因で始めたケンカだった。
唯一真白だけが素知らぬ顔で茶の準備を始める。
その女に茶なんて出さなくていいぞ。
「葵ちゃんも紅ちゃんも元気そうね。そっちの子は見ない顔だけど、あなたの子供?」
「……預かってるだけだ」
台所で手際良く茶の準備をする真白を見ながらふぅん、と呟き、良いとも言っていないのに、ソイツは机を挟んで俺に向かい合うように座った。
「ところで何の用だ。ただの世間話ならさっさと帰れ」
「それも良いのだけれど、残念ながら違うわ。お仕事の依頼」
言いながら手に持っていた大きな封筒を机に置く。
見た所大した量の書類は入っていないらしい。
「……お茶、です」
「ありがとう」
その封筒の横に茶を置いた真白に笑顔で礼を言うと、そいつは話を続ける。
「最近、この辺りで放火が多いのは知ってる?」
「……あぁ。犬が必死こいて走り回ってるからな」
「その放火犯に私の知り合いが家を燃やされちゃったの。だから」
「断る。帰れ」
話の途中だが、早々に俺は結論を出した。
ポケットからくしゃくしゃになった煙草を取り出し、口にくわえる。
下らない。
俺はそんな敵討ちに協力してやるつもりもないし、あのクソ犬の為に汗だくになって走り回ってやるつもりもない。
何より、
「『俺には全く関係無い』、って言うつもりかしら?」
「……その放火魔と俺に何の関係が――」

「『焔の魔女』」
その名前を聞いた瞬間、俺は火を付けようとしていた煙草を落としていた。

「なん――だと?」
コイツは今、何と言った?
何故コイツがその名前を知っている?
「この放火犯は自分でそう名乗ってるんですって」
いや、そんなことはどうでも良い。
「放火の手口は毎回同じで、毎回現場にその名前を残していることから、警察では同一人物による犯行と見て捜査を進めているらしいわ」
誰が放火をしていると言った?
「この名前自体は十五年ぐらい前から度々名前を見せているのだけれど、『彼女』が放火を始めるようになったのは十年ぐらい前からみたいね」
どこかの馬鹿が、アイツの名を使って、ソンナクダラナイコトヲシテイルトイッタ?
コイツは封筒を俺の方に投げて寄越して、言った。
「コレは今までの行動から次の犯行現場を予測した書類よ。必要でしょ?」



「貴女のお父さん、意外に熱い性格してるのね」
あの人がいなくなった部屋で、ソフィーさんは私が淹れたお茶を飲みながらそう話しかけてきた。
「……お父さんじゃ、ない」
「あ、そうだったわね」
葵さんはちょっと迷ってたみたいだけど、紅ちゃんをつれて自分達の部屋に戻って行った。
この部屋にいるのは私とソフィーさんだけ。
「でも」
「?」
葵さんと紅ちゃんは怖がっていたけど、多分この人は信頼出来る人。
「本当のお父さん、みたい」
だから、本当の事を言えた。
「……それに、本質は凄く熱い人」
「……そっか」
そう言ってソフィーさんは、笑いながら私の頭を撫でてくれた。
少しだけ、嬉しかった。



走る。
雨に濡れるのも構わず走る。
渡された書類には、自称『焔の魔女』の行動パターンと容姿が詳細に記されていた。
「犯人は赤い髪の女性で、放火の際にはコートの様な物を着用している」
「現場には火種となるような物が残されていないことから、魔術を使用して放火していると思われる」
「火の回りそうは早く無いため、強力な魔術を使用しているとは考えられない。その為、幸いにも死傷者は出ていない」
「晴れの日が二日以上続いた後のさほど強くない雨の日に、まだ湿っていない場所を狙って放火している」
下らない。
心の底から下らない。
アイツなら、自分の姿を見せることなく焔を放つ。
アイツなら、原因も分からない位に焼き尽くす。
アイツなら、火の回りもへったくれもない程の火力で焼き払う。
アイツなら、――
故に腹が立つ。
そんな三下が、アイツの名を語っていることに腹が立つ。
携帯電話を取り出し、アドレス帳を呼び出し、名前も見ずに電話を掛ける。
どうせ、アイツの名前しか入っていない。
三コールも待たずに繋がった。
「おぅ、お前から掛けて来るなんて珍し――」
「『焔の魔女』を燻り出す。一箇所残して他全部警官張り付かせろ。そこに『焔の魔女』が現れたら一キロ四方に人っ子一人入れるな」
それだけ言って電話を切る。
向こうでアイツが騒いでいたが、聞いてやる義理も余裕もねぇ。
ただ、走る。
雨の中を、ひたすら走る。



クソッ。
何で今日に限って警官がこんなにウロウロしてんのよッ。
この税金泥棒がッ。
クソッ、クソッ。
……でも、見つけた。
一箇所だけ、警官が張り付いていない場所を。
町外れの教会。
ココは裏に薪が積んであって、そこだけはどんなに雨が降っても濡れないようになっているのを、私は知っている。
ハッ、ざまぁみろ。
税金泥棒め。
この『焔の魔女』様を捕まえることなんて出来やしないんだよ。
さぁ、焔さん。
今日も沢山燃えて頂戴。
『彼女』にも見えるように、灼く、赫く、燃えて頂戴。
そんな事を考えながら教会の門をくぐると。
そこに。
黒い男と一本の巨大な剣が立っていた。



俺の前に赤い髪の女が立っている。
アイツの名を汚した、クソみたいに下らない女が立っている。
……どうやら、犬は俺の考え通り動いてくれたらしい。
――流石、と言うべきか、親友殿。
その女の姿を確認して、俺は地面に突き立てた剣を引っこ抜く。
普段使い慣れた方の剣ではなく、普段は守りに回す方の剣。
さぁ、あの致命的な勘違いをしてる三下に教えてやろうぜ。
――格の違いって奴をよ。



「……何、アンタ」
私が聞いても何も答えない。
「何って聞いてんのよ」
それどころか、その男は剣を地面から引っこ抜いて、私に突きつけてきた。
「……何のつもりって、聞いてんのよッ」
まさか、『焔の魔女』の私に刃向かうつもり?
「私は『焔の魔女』よッ!? その私に、ケンカでも売るつもりなのッ!?」
この私に勝てるはずが無いのに。
「黙ってないで、答えなさいよッ!!」
なのに、私は怖い。
あのたった一本の剣しか持っていないあの男が、どうしようもなく怖い。
何故。
どうして。
『焔の魔女』は最強の証なのに。
「この私を誰だと思ってんのよッ!! 『焔の――」
「その名を――」
初めて、男が口を開いた。
静かな声なのに、その言葉は私の心を凍りつかせるのに十分な声だった。

「――二度と、口にするな」

「う――うわぁぁぁぁ!!」
瞬間、私はその男に向けて、焔を放っていた。



焔が迫る。
だが、その焔すらも下らない。
中身の全く詰まっていない飾り物の焔。
この剣でなら、容易く切り裂ける。
切り裂いた焔の向こう側には――
下らない女の、怯えた顔しか無かった。


何で、何でよ!?
どうして私の焔が効かないの!?
どうしてあんな『何の変哲も無い剣』で簡単に切り裂かれちゃう訳!?
私は『焔の魔女』なのに!!
私の焔は無敵なのに!!
なのに!!
何で!?
「ち……ちくしょおぉぉォォォォォォォォ!!」
とっさに魔力を右腕に込められるだけ込める。
魔力は一直線に伸び、燃え盛る紅蓮の槍と化す。
私の右腕にも焔が絡みつくが、そんなことは気にしちゃいられない。
今私が気にしている事――気にしなくちゃいけないことはただ一つ。
――目の前のこの男をどうにかしないと、私が私で無くなってしまう。
男は、もう文字通り目と鼻の先まで迫ってきている。
「私は、私は『焔の魔女』なんだッ!!」
焔が私の右腕を喰い尽くしていく事なんて気付かない。
「『焔の魔女』は最強なんだッ!!」
文字通り身が焼ける痛みなんて気付かない。
「私は最強なんだよッ!!」
目の前の男の表情の意味にも気付かない。
「最強になれば誰も私に逆らわないんだッ!! 誰のいうことも聞かなくて良いんだッ!! 誰にも遠慮なんてしなくて良いんだッ!!」
頬を伝う水滴の存在にも気付かない。
「だから――もう、しんじゃえよォォォォォォォォォオオオオオオ!!」
――気付かない。

そうして。
何も気にしないまま、何にも気付かないまま。
私は、その槍を燃える右腕ごと目の前の男に叩きつけた。



「――は、はは……」
目の前の光景を見て、私はへたり込んでいた。
轟々と燃えるかつて男だった物を包み込んでいる、灼い赫い焔。
焼けた右腕は、痛みどころか感覚すら無くなっている。
顔や左腕などにも火傷を負っている。
だけど、私はそんなことはどうでも良かった。
今この瞬間急激に魔力が上がった事。
右腕を自らの焔で失った事。
目の前に居た男を自分の手で殺してしまった事。
そして、自分が『焔の魔女』である事も、最早どうでも良かった。
――否、どうでも良いのではない。
何も、分からなくなってしまった。
何故、自分の魔力が上がったのか。
何故、自らの焔で右腕を失ってしまったのか。
何故、殺すつもりの無かった目の前に居た男を殺してしまったのか。
そして、何故。
自分は涙を流しているのかすらも。



――十五年前。
私は家を燃やされて全てを失った。
家族とか、寝る場所とか、大事にしていたぬいぐるみとか。
そういったちっぽけな幸せだけでは無く、文字通り、全て。
結構な財産を持っていた私の両親の周りにいた沢山の人は、最初は親切にしてくれた。
両親は忙しい人たちで、優しくされたことが無かったから、その『優しさ』が凄く嬉しかった。
だけど、
幼い私は簡単に騙されて、残った財産を全て奪われてしまった。
後には、誰も残らなかった。
結局、その人達は私じゃなくてお金に集まってきていただけだった。
親戚なんて居なかった。
そして、雨が降り続いていたあの日、どうすることも出来ずにずぶ濡れで路頭に迷っていた私は『彼女』と出会った。
『大丈夫? お腹、空いてない?』
そう声を掛けられ、連れて行かれ、お風呂に入れられて、暖かいスープをご馳走して貰って、弟子兼雑用を探していたと言う魔術師の家に連れて行かれ、そこに住まわせてもらえる事になった。
あっと言う間の出来事だった。
今まで私が感じた事の無かったその純粋な優しさも、あっと言う間に私の心に染み込んでいた。
『私の、お師匠様』
そう言いながらちょっとだけ恥ずかしそうにしていた彼女は、綺麗に笑っていた。



「――――あ、教会、焼かなきゃ――――」
そして、当初の目的を思い出し、ふらふらと立ち上がる。
私も気付かないうちにすり替わっていた、目的と言う名の手段の為に。



『彼女』が去り際に残した言葉を、私は今でもはっきりと覚えている。
『生き抜きたかったら力を付けなさい。そうすれば、誰にも何も言われずに生きていける。だから、力を付けなさい。「焔の魔女」よりも、もっともっと強い力をね』
『焔の魔女』と言う名前には聞き覚えがあった。
曰く、千の騎士団を壊滅させた三人のうちの一人。
曰く、最強の焔使いの証。
曰く、全てを燃やし尽くす紅蓮の業火。
だから、私は『焔』と言う力を身に付けた。
五年後、師匠が死んだ。
だから私は、力を試す為にその家を焼き払った。
だから私は、師匠がかつて名乗っていたと言う、『焔』の象徴である『焔の魔女』と言う名前を貰った。
私は『彼女』の言うとおり、誰にも何も言われない力を手に入れた。
そうすれば、きっと『彼女』の耳にその名前が届く。
優しくされたことの無かった幼い私は、『彼女』の優しさを求めていた。
力を付けた今なら、きっと『彼女』は褒めてくれる。
「よくがんばったね」って言って頭を撫でてくれる。
そう思い込んで、私は家を焼き続けた。
純粋な感情で、歪んだ行為を十年間ずっと繰り返してきた。
そんな事をしたって、誰も褒めてなどくれないというのに。
いつしか、その純粋な感情は、捻れた目的にすり替わっていた。
そして、その事に気づいた時には、既に引き返せない所まで来てしまっていた。



右腕を上げようとして力を込めると、炭化した右腕はボロボロと崩れてしまった。
「――はは、この教会ぐらいなら一撃で半壊出来そうな威力だったわね」
自嘲気味に笑い、魔力を練り上げ、狙いを

「悪ぃが、その程度じゃ『焔の魔女』とは呼べねぇよ」

私の身体から汗が吹き出る。
無い筈の右腕が悲鳴を上げる。
後ろを向いちゃいけない。
今後ろを向いたら、私の心の致命的な部分が壊れてしまう。
でも、本能が声に背を向けることを許さない。
首からギチギチと音を立てる様に、ゆっくりと後ろを振り向く。
そこには。

私の『槍』を剣に纏わせたあの男が立っていた。

それを見た瞬間、私の頭は真っ白になった。
練り上げた魔力を左腕に通せば、焔を叩きつける事も出来たのに、そんな事も出来なかった。
ただただ、振り上げられる『焔の剣』を見ている事しか出来なかった。
「一つ、良いこと教えといてやるよ」
『焔の剣』を頭上に掲げた男は、私を見下ろしながら呟く。
その瞳は、不思議な色をしていた。
「本物の『焔の魔女』はな、あんな小さな教会ぐらい、一撃で軽く吹き飛ばせるんだよ」
怒りと、悲しみと、ほんの僅かな懐かしさが混ざり合ったような、不思議な色をしていた。



『焔の槍』を喰らい尽くし、彼女のそれとは比べ物にならない程の火力を有するその焔。
その『焔の剣』を纏わせたその剣。
かつて『焔の魔女』が振るっていた剣。
その剣は『焔の御使い』『神の子供』の名を冠する剣。
その剣の名前は。



轟音が響く。
焔が大地を揺るがす。
その焔は、悲しみを癒す浄化の焔か。
それとも、捻れを裁く地獄の業火か。



「あー、美味い!! 真白料理美味くなったな!!」
「それ程でも、無いよ」
一月後、とある青年捜査官の家。
真白と呼ばれた少女は、笑顔で料理の片付けをしている。
その顔はとても幸せそうで、小さく鼻歌まで歌っていた。
青年以外の彼女を知る者――例えば、彼女の保護者代わりの同居人など――が見れば、それはとても信じられない光景だろうが、実際彼女はとても幸せだった。
何故なら――これは、彼女の個人的な感情なので、触れないでおく事にする。
「ところで真白、今回アイツ、何の為に動いたんだ? これまで俺が何回言っても動こうともしなかったのによ」
あの轟音の後、彼らが現場に駆けつけると、焼け焦げ抉り取られた地面の横に右腕を失った『焔の魔女』が横たわっていた。
炭化して崩れ落ちた右腕以外の外傷は軽度のみで、命に別状は無かった。
彼女は幼い頃に家族を放火による火事で亡くし、その焔に対する強い憎しみが逆に自らをも放火へと向わせた、と警察側はそう判断している。
「火ってのは、やっぱ悲しみしか生まねぇのかな」とは、とある青年捜査官の談である。
「私には、ちょっと分からない」
笑いながら、真白は青年の問いに答える。
「そっか……やっぱ真白でもわからねぇか」
「でも、ね」
「?」
肩を落とした青年に、真白は続ける。
「昔ね、『焔の魔女』って呼ばれてた凄い魔術師の女の人が居たんだって」



「『焔の魔女』……結構手強いみたいです」
雨の街を、傘も差さずに歩く女性。
細い質の良い銀髪や男を惹き付けるボディラインよりも、目に付くのは捻れた角。
明らかにヒトとは違う身体を持つこの女性。
以前、自分よりもはるかに身体能力で劣る人間と『ケンカ』をして負けた女性だ。
「でも、やっぱり……負けたくありませんね。――おや」
ふと、目を上げるといつの間にか雨が止んでいて。
「――青空、ですか」



とある桜の根元には、とある女性が眠っていて、とある剣が墓標代わりに突き刺さっていると言う。
その場所は、誰にもわからないらしい。
PR

コメント


コメントフォーム
お名前
タイトル
文字色
メールアドレス
URL
コメント
パスワード
  Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字


忍者ブログ [PR]
カレンダー
08 2024/09 10
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30
フリーエリア
最新コメント
[10/27 翠姉]
[07/23 N]
[07/20 月狐]
[06/24 N]
[06/23 煌]
最新トラックバック
プロフィール
HN:
織機 銀
性別:
非公開
バーコード